スギ(@sugi_pallat)です。

「経営者目線をもて」という訓示をする経営者やチームリーダーはよくいます。果たしてこれ、訓示で述べるほどに必要な目線なんでしょうか。

ブログコンサルタントのクライアントさんの事例として、面白い話があったのでお伝えしておきます。

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「経営者目線をもて」という暴論の成れの果て。

あるサービス業の中間管理職として仕事をしていたクライアントは、現場力もありながら経営層に進言をするといった、いわゆるプレイングマネジャー。

部下も多く抱えていて、クライアントの部署だけではなく、横連携で他部署の問題にも全体最適化をすすめるための問題発見能力にはとても優れていました。

そんなクライアントが、会社で社長の訓示を聞いていたときに疑問に思ったことがあるといいます。

「経営者目線をもてと経営者は言うけれども、社員がその目線をもったところでどう活かせたらいいのかが伝わっていない」

そこでそのクライアントは、実際に経営者目線をもつということについて、自己投資を重ねて数々の勉強をしていくのでした。

そこで少しずつわかったことは、その後のクライアントの人生を変えていきます。

1)経営者目線というのは、会社都合だということ。

会社というのは、あくまでも経営者のものです。社員はそこに属して勤労を重ねて給料という対価を得ます。知的であれ肉体的であれ、労働については変わりなく、求められる結果に対した評価が対価に反映します。

経営者は、会社の長期的な存続を考えるものです。そのためには適切な対価を設定して、社員に対して給料を支払うことが常になってきます。利益が出なければ給料が払えないのは当然ですが、給料を払うためにどういった努力をすればいいのかは、経営者と社員とでは目線がちがいます。

つまり、会社都合の価値観を社員に求めているのです。

2)成功すればハイリターン

経営者は、その財を会社経営を軸に大きくしていきます。経営がうまくいけばインカムも大きくなり、方針さえ定まれば会社規模を大きくすることさえいとわないものです。

しかし、思い通りにいかない、会社が計画通りにいかないのは、経営者の方針がニーズに適していないのか、もしくはエネルギーが足りないかのいずれかです。

そこを打破して、抱える社員とその家族の生活を支える存在でもある経営者は、自らの会社の永続を願って方針を決断して、社員とともに営んでいくものです。

しかしそれを「経営者目線をもて」ということばでくくって、会社指示を浸透させようとすること、つまりそれは「俺の身にもなれ」と言っているようなもの。

会社は経営者のものであって、社員のものではないのです。

結果、独立を考えるようになった

おおざっぱにまとめても、この2つの要件はクライアントにとって予測はしていたものの、その解釈を自分の分析で手にしてからの行動は早かったです。

お世話になった会社を円満に辞めるために、仕事の分担と円滑な業務運営をするための組織再編を経営に進言して実現させていきました。

経営者はその案をほぼ受け入れ、社員に対してもうまく実行に結びつけたクライアントの評価は高く、賞与ではそれが認められた収入に変わっていました。

しかしクライアントはその後、長く勤めたその会社を退職します。

そう、経営をみずからの手で行いたいと考えたからです。

さいごに:経営者目線は、従業員だれもが持つ必要はない

経営者というのは、リスクを抱えながらの大博打を日々繰り返しています。しかし、成功し続けるために、成果を出し続けるためにはともに働く社員にその方針を正しく伝え、協力をお願いする存在でもあるはずです。

それを「経営者目線をもて」ということばでくくるのはやはり暴論で、そこに意志を集約させてしまう経営者はきっと、強い組織を築けていないのです。

なぜなら、結果を出す人は自分で動いていますから。

クライアントの新しい人生を、精一杯応援していきます!

以上、スギでした。