スギ(@sugi_pallat)です。

「自責思考」ということばがあります。

事実やできごとに対して、その原因は自分自身にあると解釈して改善を図ろうとするのがこの自責思考で、反対に他者や環境などを原因と捉えて対策を講じようとするのが他責思考です。

今まで「自責思考でいると責任感が強くて仕事ができる」と考えていたのですが、実はこれが恐ろしい解釈だと気づいてしまったので、ここに書いておきます。

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自責思考は、人間の成長を止める恐れがある危険思想だった。リーダーやマネジャーは深入り要注意。

プレイヤーとマネジャーの両天秤

仕事ができて頼りがいがあると言われるプレイヤーは、なにかトラブルが起こった際に「よし、俺に任せておけ!」と言わんばかりに火中の栗を拾う勢いでそこに飛び込み、解決を図ります。

傍で見ている同僚たちは、その姿に感謝して「やっぱり頼りがいがある!」というふうに感じるのですね。

一方、仕事ができてチームを円滑に取り仕切るマネジャーは、同様に問題が発生したのを見かけたら「チームや仕組みに問題があるんだ」と原因追求を始めます。

やがてその問題の原因を特定して、改善に取り掛かろうとするときにプレイヤーたちに指示を出しますが、指示された側は面倒くさがってしまいます。

さて、長続きするチームはどちらでしょう。

チームは長期安定して成長するべきもの

先のプレイヤーがとった行動は、短時間で問題解決をします。未然のトラブルも防ぐことができるでしょう。しかし、ふたたびトラブルが発生したとき、そのプレイヤーの存在がなければ問題解決は行われないし、もっと問題なのはそのプレイヤー以外の人間が傍観者になってしまうということ。

問題解決が「属人的」になっているんですよね。

では逆に、チームメンバーに疎まれながらも仕事ができるマネジャーによって指示を出された側はというと、問題が発生した根本原因を特定して、そのチームメンバーを適材適所に配置転換したり、仕組みの内容を変えるなどして、同じ問題が発生しにくいように編成していきます。

問題解決が「属地的」になっています。

アリの目、鳥の目

問題をどのレベルで俯瞰して解決に導くか、そして解決に導いたとしても再発することはないのか、その点を踏まえておくことがその後の組織やプレイヤーひとりひとり、そしてマネジャーのスキルに違いが出てくるんですよね。

自責思考も極端になってしまうと、近視眼的に自分の周りのことだけしか評価できなくなってしまって、付け焼き刃な問題解決で乗り切ってしまいます。つまり、仕事のできるプレイヤーは「面倒くさいことをしたがらない同僚プレイヤーには頼もしい存在だけれども、チームの長期安定運営のためには意識改革が必要な人」なんですよね。

健全な自責思考と、「属人」ではなく「属地」に対した他責思考が、チームを成長させるんだということをお忘れなく。

以上、スギでした。