スギ(@sugi_pallat)です。

社会人になりたての頃、私の面倒を見てくださっていた方がお亡くなりになりました。その訃報を聞いてからは、ちょっとふさぎこみで1日を過ごしていました。

年齢を重ねていくと、順番はどうあれお世話になった方をお見送りをする機会が増えてきます。そのたびに思うことがあるので、それを書いておくことにします。

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[今日のひとこと]死者に対する最高の手向けは、悲しみではなく感謝だ。[013]

お世話になった方に敬意を表するとき、「感謝」ということばを使います。

すごく抽象的だけれども、誠実で心がこもっていると受け取れるこの「感謝」ということばに、亡くなられた方への精一杯の気持ちを今、こめようとしています。

お世話になっていたときには、本当にはたから見る人からしても「そんなに乱暴な言い方ってアリ?」って思われるほどの軽口を叩き合っていた仲でした。でもそれは、この人だから許されるという不文律をお互いに敷いた上での話で成り立つ関係性で、信頼している証拠でもあったんですよね。

「今日のひとこと」で「人は二度死ぬ。」ということを書きました。その人の記憶は肉体が死を迎えたときについえてしまうのでしょうが、のこされた者としてはそれまでの感謝を精一杯の形で心に刻んで、それを胸に生きていくに尽きるんですよね。

それが最高の手向けとしての感謝ですし、だからこそご冥福を祈っている場合じゃないんですよ。

そして、今度は私が出かけるときに、たくさんの方が私の思い出を語ってくれる場が通夜であればいいなあ、という思いもまた強くなったのでした。葬儀は質素でいい、そのぶん、私のことをたくさん語ってもらえるにぎやかな通夜になるように毎日を生きていきたい、そう感じました。

以上、スギでした。