深夜の豪雨と、まるで昼間を思わせるかのような明るさでの稲光、そして轟く雷鳴には否が応でも3年前の土砂災害を思い出さざるを得ませんでした。

いやあ、なにもそんなに降らなくってもね・・・というのは、からっと晴れ上がった空を見上げてから思うこと。

深夜の豪雨が明けたのに、午前9時になってもこんな感じで降っていた雨が、

正午すぎにはこの調子です。

同じ日の様子とは思えないわけです。

こうやって、瞬間的な恐怖さえ乗り切れればなんとかなるだろうという慢心が命取りになることを経験したはずなのに、いざとなったら行動を起こさないものなんですよね。

深夜、ケータイから鳴り続けるエリアメールのアラームは、屋外の怒号のような雨音とあいまってこの上ない恐怖を演出するにはうってつけのシチュエーションなのに、避難勧告が出ても動けないのはある意味しかたのないものかもしれません。

未明の土砂降りの中で避難勧告が出ても、移動するほうがかえってリスキーだとなると、そのまま自宅にいるほうがいい場合もあるかもしれません。だから2階に避難してねというのは、それはそれで正しいのです。

気をつけないといけないのは、危機感なく過ごすということ。

たくさんの方の協力で、土砂災害が起こった区域には砂防ダムが続々と建設されていますが、これがすべて命の担保をしてくれるわけではなく、あくまでも予防壁ですからね。念には念を入れるとは、こういう場面でさらになにができるのかというリスクを見出して行動を予見することにあるんですよね。

ああ、悩ましいものです。何事においても痛い目にあうのは、忘れた頃にやってくるのですから。

きょうも「スギぱら」に来てくださって、ありがとうございます。

寝不足のまま終わる1日も、深夜の豪雨のリスクとして捉えることにします。

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