42年も歩いたり走ったり、立ち止まったりしていると、それはそれはいろんなことがあったなあと。そんなふうに思い返すものです。

もちろんこれから先もいろんなことはあるだろうし、これを書いている最中にも、ここには書いていないだけで実はなにか起こっているかもしれない。しかし、そんないろんなことをうまくかわしながら、ときには悟られないようにやっていくことが、よくも悪くも「おとなになる」ということなのかと思うこともしばしばあります。

その、おとなになった人が考え始めるのが「死」ということ。

実はきょうの誕生日を迎える2日前に、ツイッターでこんなことをつぶやきました。

人とのあたらしい出会いの反面で、お世話になった方にいってらっしゃいと声をかける場面が増えるのもおとなになった証拠です。

いってらっしゃいとお見送りしたあとで、「死ぬのってこわいよね」ということを悟られないよううまくやるために、関わる人たちとたのしくやっていきたいと強く思うのは、現実逃避なんかじゃなくてりっぱな生き方のひとつなんだろうなあ、と。

そりゃあ、私だって死ぬのはこわいですよ。

そのこわさを心のどこかにたずさえながら、でも先月、5歳の誕生日を迎えた娘のいる父親としてもそうだし、公私において私のことを慕ってくださっているみなさんに、もっともっとお仕えしなきゃとも思うこともそうだし、もちろん最愛の妻を前に病めるときも健やかなるときもというアレをまっとうするためにも、その日を迎えるまでにやることはまだまだあるんですよね。

そのまだまだあるであろうやるべきことが、たくさんの人に届いたときに、おとといつぶやいた「通夜のにぎやかな人になりたい」という願いが叶うんだろうなあと信じているんです。

残念なことに私自身の通夜って、私もみんなと一緒になって話に加わることができないんですってね。そうであるならば、私がいなくてもみんなで楽しく盛り上がってもらうためのいろんな材料やレシピを今のうちにたくさん渡して、それをその場でおいしい料理にしてもらいたいって思うわけです。

6月下旬に誕生日を迎えるものの幸運なところは、1年に2回の「おめでとう」がほぼ均等にやってくるということ。「あけましておめでとう」と「誕生日おめでとう」がほぼ半年のサイクルにあるのは、気持ちのリセットをするのには最適なんですよね。こんな環境を与えてくれた両親に心から感謝しています。

そして、これを読んでくださっているあなたにも、SNSなどでメッセージをくださったあなたにも感謝しています。

きょうも「スギぱら」に来てくださって、ありがとうございます。

これからも私と一緒にいろんなことを楽しんでくださる、あなたとお会いできることを心待ちにしています。

2017年6月25日より、毎日20時更新でコラムのようなエッセイのようなものを公開していきます。

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