日常

広島土砂災害から丸2年。変わらないために、変わり続ける街と私の未来予想図。

投稿日:2016年8月20日 更新日:

当たり前が当たり前ではなくなる瞬間の目撃を、人生で何度繰り返してきただろうか。

そのたびに「当たり前なんかないんだ」「いまを感謝しなきゃ」といったことばを口にするのだが、あらためてこのツイートを見てそのことばの重さを実感するのです。

きょう、8月20日は私にとってそういう日なのです。

広島土砂災害から丸2年。変わらないために、変わり続ける街と私の未来予想図。

八丁堀から緑井へ向かう午前3時

改めて当時の状況を簡単にまとめておくと、前夜からの仕事を午前2時過ぎに終え、同僚と流川で軽くご飯を食べ、緑井方面に帰宅するためにタクシーへ3人で相乗りをし、八丁堀〜横川〜緑井というルートで帰宅したという流れです。

Twitterの私のアカウントに残るつぶやきのなかでも、文字通り生死をかけていた瞬間といっても過言ではないツイートを3つご紹介します。

車体を激しく打ち付ける雨は、車内で会話をすることがまったくできないほどの雨音に変わって恐怖を煽っていました。

国道183号線を北に走らせれば走らせるほどに道路はいたるところで冠水していて、通常の運行は不可能だろうと思わざるをえないほどの光景を目の当たりにします。

しかし、タクシーは私のオーダー通りに走り続けます。

とはいえ、車内の緊張感は相当なもので、運転手の方との会話も鬼気迫るものでした。

自宅手前の坂道で命の危機を感じる

自宅まであと200mを残すところとなった坂道で、タクシーのライトに照らされた先には流れてくる茶色い水と、握りこぶしよりも大きな石が転がってくる様子がはっきりと見て取れました。

ああ、これは土石流だ・・・。

瞬間によぎったのは、これ以上行くと死ぬということ。

『死』ということばのリアリティをつきつけられた瞬間でした。

勇気ある撤退

あの日、タクシーで私を自宅まで送り届けようとしてくださった運転手の方への感謝は今でも忘れることができません。

荒れ狂う豪雨に怯える車内で冷静な判断をし、結局はふたりで勇気ある撤退を選択したことが正しかったということは、後日タクシー会社に宛てて送った手紙にもその思いを書き綴りました。

pz-linkcard: Incorrect URL specification.(url=)

結局、ネットカフェで一夜を過ごして迎えた朝は、昨夜にあいのりのタクシーで一緒に帰宅した同僚からの電話で目をさますことになります。

「スギちゃん、今どこにおるん?」

当たり前が当たり前でなくなった日

同僚からの電話に、昨夜は帰宅できなかったこと、引き返してネットカフェで朝を迎えたことを告げると、緑井方面が異常に渋滞していることを知らせてくれました。

何はともあれ自宅に戻ろうと、ネットカフェを出てバスを待つもなかなか来ない。

同じくバス待ちの人たちが増える中で流しのタクシーを見つけ、同じ方面に行く方たちを募ってあいのりで自宅方面に向かいます。

 

そして、前の夜にタクシーで引き返した場所まで足をやると、そこで見かけたのは側溝の土砂をひたすらかき出し続ける人たちの作業。

状況を理解できないまま、浮足立った足で本当はタクシーで帰っているはずだった道を歩き続けていて、息を呑みました。

 

道が、なくなっている。

 

自宅へ戻るためには、裏道と隣家の庭先を通らせてもらわざるを得なく、やっとの思いで辿り着いた我が家からの景色は、当たり前の風景はなくなっていました。

救助作業を続ける人たち、空を旋回し続けるヘリ。

そして生活道路が陥没して、多量の水が流れ続ける眼前の光景。

ただただ、状況を飲み込むことで精一杯でした。

 

とはいえ不思議なことに、そのときの私に悲壮感や不安がほとんどなかったのが救いでした。

 

とっさの全脳思考で、この環境でさえもなにかのギフトが差し向けられたんだと思ったのでしょう。

 

ここからはじまる半年間の避難生活をきっかけ、今の私につながるたくさんの方々とのご縁と、私自身のミッションステートメントが明確になってきます。

そして今日、あの日から丸2年を迎えました。

次のページへ >







-日常

Copyright© スギぱら , 2017 All Rights Reserved.