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語り部の記憶を受け継ぐことと、ブロガーとしての心構えを新たにする72回目の8月6日。[スギコラム2017.0806]

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日々の暮らしを振り返って。

きょう出会ったあなたやできごとへのメッセージをお伝えするスギコラム。

今夜は、こんなテーマです。

語り部の記憶を受け継ぐことと、ブロガーとしての心構えを新たにする72回目の8月6日。[スギコラム2017.0806]

幼いころの思い出です。

13年前に亡くなった祖父から、広島に原爆が投下された3日後に地元・庄原から広島に入ったという話を聞いたことがあります。

市電が復旧していたのを目撃したとも言っていました。よく言われる「市電は原爆投下3日後には復旧していた」というのを、実際に見たということになります。

しかし、地獄図と化した街並みや人々の様子については、私の記憶の中には残っていないんです。

きっと話としては聞いたのでしょうが、記憶しておきたくないことが多かったのかもしれません。

72年が経ち、当時を経験していない人たちによって戦争だ平和だ反核だとさまざまなオピニオンが飛び交う中で、当時の事実を目撃した人々も少なくなり、歴史の生き証人と言われる方の声を聞く機会もわずかになってきました。

そう思うと、身内で歴史の証人だった語り部の話をきちんと記録しておかなかったことを今でも後悔しています。

今でこそ雑記ブロガーとして日々記事を書き連ねている中で、なにも記事にするための素材としてという考え方だけではなく、人間の厚みや価値観の深みをそこに盛り込むことが、世に意見を発信する者の存在価値なんだろうなあと考えるのです。

発信しなければ存在していないのと一緒で、発信するならば少しでも共感や意見を持ってもらえるような提言を残したいですからね。

焼け野原となって復興のめどなんて立たないと言われていた街も、今は楽しい場所になって、一緒にアクションを起こしたい仲間たちと活動できる場所になりました。

きょうも「スギぱら」に来てくださって、ありがとうございます。

広島の街で暮らせることを誇りに思っています。







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